大判例

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東京高等裁判所 平成4年(行コ)37号 判決

控訴人

長野市長塚田佐

右訴訟代理人弁護士

宮澤建治

田下佳代

堀家嘉郎

控訴人指定代理人

岩崎敬二

西沢重正

被控訴人

筒井健雄

内山卓郎

中村寛

中村善信

竹内邦臣

荒井伊佐男

中沢尤

小松次郎

腰野よしえ

小山菊彦

森川猛夫

丸山隆志

中村元芳

右被控訴人ら訴訟代理人弁護士

中山修

中村隆次

武田芳彦

木下哲雄

川上眞足

高井新太郎

松本信一

大門嗣二

戸崎悦夫

佐藤豊

和田清二

田中善助

池田豊

栗林正清

酒井宏幸

内村修

高橋聖明

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほかは原判決事実摘示並びに原審及び当審各証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の追加的主張)

抗告訴訟の対象となるためには、当該権利が法律的意味における権利でなければならないが、公文書公開条例による公文書を開示する請求権の性質は、特定の権利の主体に帰属するものではなく、したがって、法律的意味における権利ではない。公文書公開条例による公文書開示請求権は、個人の市民的権利義務を内容とするものではなく、市民たる地位に基づき、住民の何人にも認められるものであるから、非開示処分の取り消しを求める訴えは、民衆訴訟の一類型というべきである。民衆訴訟は、法律によって認められた場合に限って訴えの提起が許されるのであり(行政事件訴訟法五条)、したがって法律に訴えの提起をすることができる旨の規定がなければそのような性質を有する訴えは不適法なものであるところ、現行法制上そのような規定はない。また、国、地方公共団体は、法令によって開示を義務付けられた場合以外は住民に対して、公文書を開示すべき義務を負わないことは、国が今なお公文書開示を認めていないこと、地方公共団体についても地方自治法上公文書開示義務を定めた規定はなく、昭和五七年頃から公文書開示請求を認める地方公共団体があらわれ始めたが、現在その数は、全地方公共団体約三四〇〇のうちわずか一七〇ほどであって、その余は従前どおり開示を認めていないことから明らかである。これらのことを背景として公文書開示条例の性質を考えるならば、公文書開示は地方公共団体のいわゆる随意事務であって、その条例は法令上制定が義務付けられたものでないことが明らかである。

(控訴人の追加的主張に対する、被控訴人らの認否)

控訴人の追加的主張は争う。

理由

一被控訴人らがいずれも長野市に住所を有する住民であること、被控訴人らは、平成二年三月七日、控訴人に対し、長野市公文書公開条例(昭和五九年長野市条例第五八号)(以下「本件条例」という。)五条一項に基づき、「昭和六〇年七月二六日発生の地附山地滑り後、湯谷団地内宅地の固定資産評価替えのため行った不動産の鑑定結果及びその内容」を記載した文書(以下「本件公文書」という。)の公開を請求したところ、控訴人は、同月二〇日、被控訴人らに対し、前記文書については公開条例七条二号に該当するとの理由により公開しない旨の決定(以下「本件非公開決定」という。)をしたこと、被控訴人らは、平成二年五月一六日、控訴人に対し、本件処分について異議申し立てをしたが、控訴人は同年一二月二七日異議申し立てを棄却する旨の決定をしたことは、当事者間に争いがない。

二控訴人の本案前の主張について

控訴人は、本件非公開決定は行訴法三条二項にいう「行政庁の処分その他の公権力の行使に当る行為」に該当しないから抗告訴訟の対象とならず、被控訴人の本件訴えは民衆訴訟の一類型に属するものであり、そのような訴えを許容した法律上の規定も存しないから、被控訴人らの本件訴えは不適法であると主張する。

そこで検討するに、本件条例によれば、第一条は「この条例は、市民の公文書の公開を求める権利を明らかにすることにより、市民の市政参加を一層推進し、市民の市政への理解と信頼を深め、もって公正な市政の進展に寄与することを目的とする。」と規定し、第二条は「実施機関は、市民の公文書の公開を求める権利が適正に保障されるようにこの条例を運用するものとする。」とし、第五条は、請求権者として「市内に住所を有する者、市内に勤務する者、市内に在学する者、市税の納税者、及び市内に事務所または事業所を有する法人その他の団体は、実施機関に対し、公文書の公開を請求することができる。」とし、第九条はその請求の具体的方法を定め、第一〇条は、右公文書公開の請求があったときは実施機関は速やかに開示するかどうかの決定をしなければならないこととし、第六、七条は公開をしないことができる公文書及び公開してはならない公文書を制限的に列挙し、第一四条は、実施機関は、非公開決定に対し行政不服審査法による不服申立てがあった場合は、当該不服申立てを却下する場合を除き、遅滞なく長野市公文書公開審査会に諮問しその議を経て、当該不服申立てについての採決または決定をしなければならないと規定している。

以上のような条例の規定内容によれば、本件条例は、市政運営に関する公文書を幅広く公開することにより市民の市政運営参加を促進するという目的のため、市民の「公文書の公開を求める権利」の範囲、性格、手続等を明確にし、一定の例外的場合(第六、七条)を除いては、原則的に実施機関にその管理する公文書を公開すべきことを義務付けているものと解することができる。さらに、非公開決定に対する救済手続としては行政不服審査法による不服申立てができることを前提としているのであり(第一四条)、これらの規定を総合すれば、本件条例は、第五条に列挙する者に、公文書の公開を求める個別的、具体的な請求権を付与しているものと解するのが相当である。

なるほど、本件条例の目的とするところは、請求権者の市民生活上の利益保護ないしその追求にあるのではなく、市民等に可能な限り市政に関する情報を提供し、もって市政の透明性を高め、その適正な運営を図るという一般公共的利益の実現にあるとは考えられるが、そうだからといって、市民等に対して、個別的具体的権利として公文書の公開を請求し得る権利を付与することが、右のような目的を達成するうえで、無益であり、無価値ないし不相当となるものではない。右のような目的実現に向けて、市民等にどのような内容、程度の公文書の公開を求める権能ないし権限を認めるかは、ひとえに立法政策上の問題に帰すると考えられる。

このように、本件条例は、市民等に対して個別的、具体的権利として公文書の公開を請求し得る権利を付与しているものと解せられる。そうだとすれば、被控訴人らの本件公文書公開請求に対して、実施機関たる控訴人が行った本件非公開決定は、公権力の行使により右公開請求権を制限するものであるから、いわゆる行政処分性を有し、右非公開決定に対してその処分の取り消しを求める本件訴えは民衆訴訟ではなく、行政事件訴訟法三条所定の適法な抗告訴訟であると考えるのが相当である。

したがって、控訴人の本案前の主張は理由がない。

三本案についての判断

1  長野市が本件条例に関し「公開しないことができる及び公開をしてはならない公文書の運用基準」(以下「運用基準」という。)を定めていること、右運用基準の内容、本件公文書は湯谷団地の標準宅地三個所について地滑り災害前の昭和六〇年七月一日時点での価格と地滑り災害後の昭和六一年七月一日現在の価格を不動産鑑定士に評価させたものであり、その構成は、評定調書、評価書、評定調書補足説明となっていることなど、本件公文書の内容、体裁等の事実の概要は、原判決一〇枚目表一一行目から一二枚目表末行目までと同一であるから、これを引用する。

2  本件公文書が条例第七条一号「通常他人に知られたくない個人に関する情報」に該当するか。

当裁判所も、本件公文書の内容は、条例第七条一号に規定する「通常他人に知られたくない個人に関する情報」には当らないと判断するものであるが、その理由は、原判決一三枚目裏三行目から一四枚目表初行目までを次のとおり改めるほかは、原判決の理由説示(原判決一二枚目裏二行目から一五枚目裏三行目まで)と同一であるから、これを引用する。

「3 控訴人は、本件公文書には、鑑定の対象となった土地の所有者の氏名は記載されていないが、当該土地の地番及び登記地積が記載されており、公図や当該土地の写真が添付されているので、登記簿や住宅地図を調べれば当該標準宅地の所有者や占有者の氏名が容易に判明するから、個人所有の宅地についての評価すなわち財産状態に関する情報が記載されており、これは条例第七条一号に規定する「個人が通常他人に知られたくない情報」に該当すると主張する。

たしかに、弁論の全趣旨によれば、本件公文書の内容は、土地所有者の名前自体は明記されていないとはいえ、他の付属資料などと照合すれば、所有者が誰で、どの土地について評価したものであるかが容易に判明し得ることが認められる。そして、本件公文書が個人所有の土地に関するものであり、かつ、所有者が識別され得るものであるから、当該個人の財産状態をその限りで表示するものであって、これが直ちに「個人に関する情報」でないとは必ずしもいえない。

しかしながら、もともと、土地所有に関していえば、その社会的な性格に鑑み、土地登記簿は万人に公開され、その評価についても、相続税路線価はもとより、一部が公開されている長野市の路線価のように特定土地の価格を示さないにしても当該土地のそれぞれの行政目的に即したおおよその価額の目安を示すものが公刊されており、公示価格や東京都基準地価格のように特定の地点を示した価格さえも公表されている例があるのであり、このような点からみれば、土地の権利関係やその価格については、個人情報としてのプライバシー性は比較的希薄であるというべきである。しかも、本件公文書に含まれる土地の評価は、被控訴人らが公開請求を行った平成二年三月七日より数年前の、昭和六三年度固定資産税資産評価替えの目的のために行った昭和六〇年七月一日及び昭和六一年七月一日現在の標準地の時価の鑑定評価であって、個人の財産状態を示す指標としてはその重要性は一層希薄と評さざるを得ないのである。

さらに、本件の不動産の評価は、長野市が不動産鑑定士に委託して行った不動産鑑定士による第一次的な評価にすぎないのであって、それが当然に固定資産課税台帳に記載される土地の価格となるものではないから、右評価がなされたからといって、当該土地所有者の利害に直接関わるものでもない。

これらを総合すると、本件公文書に含まれる土地の評価は、個人の財産状態に関する情報といっても、その個人情報としての価値を、個人の心身、生活、経歴、成績、資産・債務の具体的内容(個人の収入、所得、税額、滞納額等を含む)などに関する個人情報と同列に置いて考えることは相当でないというべきである。

そうすると、本件公文書の土地の評価は、条例第七条一号にいう「通常他人に知られたくない個人に関する情報」に該当しないと解するのが相当であり、他に控訴人の主張を相当と認めるべき特段の事情も本件証拠上認めがたいから、本件公文書の公開請求に対して、条例第七条一号に該当することを理由としてこれを不許可とすることはできないと解するのが相当である。」

3  本件公文書は、条例第七条二号「法令に基づき明らかに公開できない情報」に該当するか

次に、控訴人は、本件公文書に含まれる情報は、条例第七条二号にいう「法令の規定に基づき明らかに公開することができない情報」に該当するとし、具体的には、本件公文書の公開は、地方税法二二条により漏洩を禁止されている「事務に関して知り得た秘密」を漏らすことになる、と主張するので、以下検討する。

いうまでもなく、条例は法令に違反しない限りにおいて地方公共団体が制定できるものである(地方自治法一四条一項)。

ところで、地方税法二二条は「地方税に関する調査に関する事務に従事している者又は従事していた者は、その事務に関して知り得た秘密をもらし、又は窃用した場合においては、二年以下の懲役又は三万円以下の罰金に処する。」としており、また、地方公務員法三四条一項は「職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、また、同様とする。」として、違反者に一年以下の懲役又は三万円以下の罰則を課している(同法六〇条)。

本件条例は、前記のように行政の遂行過程における情報公開のため、公文書を可能な限り公開することにより行政の適正な執行を図る目的を有するものであり、一方、地方税法二二条や地方公務員法三七ママ条は職務上知り得た秘密を守るべき地方公務員の服務規律を定めたもので、それぞれ法の趣旨、目的、範囲を異にしている。しかし、いかに条例立法者が上記目的のため実施機関に一定範囲の公文書の原則的公開を命じたとはいえ、その公開行為が地方税法二二条違反または地方公務員法三七ママ条違反を構成すると考えられる場合にまで公開を命じたものとは到底解せられない。けだし、条例は法令に違反してはならないし、本件条例制定の前後で地方税法二二条または地方公務員法三七ママ条の守秘義務の範囲に特に変更が生ずるとは解せられないからである。したがって、当該公文書に含まれる事項が地方税法二二条または地方公務員法三七ママ条に定める「事務に関しまたは職務上知り得た秘密」に該当し、その公開が同法違反となると認められる場合には、当該情報は、条例第七条二号の「法令の規定に基づき明らかに公開することができない情報」に該当するものというべきであり、それによる公文書公開不許可処分は正当なものと解せられる。

ところで、地方税法二二条にいう秘密とは、地方税調査の対象事項のうち、実質秘すなわち一般に知られていない事実であって本人が他人に知られないことについて客観的に相当の利益を有すると認められる事実を指し、いわゆる形式秘、行政庁が秘密にすべきであると判断し、指定権者を通じて秘密と指定したものを意味しないと解するのが相当である。

そして、本件条例が定めているところの、原則的に行政執行上の情報を公開することにより公正な市政運営を図るという理念・目的の重要性に鑑みると、当該公文書が地方税法二二条に定める秘密を含むかどうかについては市の側に挙証責任があり、市としては、単にその情報が地方税に関する調査の過程で得られた情報であることを主張立証するだけでは足らず、個別案件のそれぞれの情報について本人が他人に知られないことについて客観的に相当の利益を有するものであることを合理的に推測させるに足る主張立証をしなければならないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、先に認定したように、もともと土地の所有や価格に関しては土地所有の公共性に鑑みプライバシーとしての性格が比較的希薄である上に、本件土地評価は、不動産鑑定士による通常の方法による第一次的な鑑定価格にすぎず、土地所有者の具体的な権利義務関係に何ら直接影響を及ぼすようなものではない。この点で本件情報は、同じく地方税調査事務の過程で取得された情報といっても、本人の収入額、所得額、課税標準額、税額などのほか、本人の職業、家族の状況などの具体的情報等とは決定的に異なるものである。これに加えて、本件公文書に記載されている土地評価額は公開請求のあった日より約五年前の昭和六〇年七月一日及び昭和六一年七月一日現在の標準地の時価を鑑定したもので、個人情報としての価値がいかほどあるのか一層疑問というべきであるし、その後この鑑定評価が路線価の決定や固定資産評価額の決定の参考に用いられたとしても、それらの意思決定は既に確定していることが優に推定されるところである。これらのことを考慮すれば、本件公文書が、本人が他人に知られないことにつき客観的に相当の利益を有する情報すなわち実質的な秘密を蔵しているとみることは困難というほかなく、他に控訴人の側から本件公文書が地方税法二二条にいう実質的秘密を含んでいることを合理的に推測させるに足りる主張立証がなされているものとはいい難い。

そうすると、本件において、条例第七条二号、地方税法二二条を根拠とする本件公文書公開の不許可も理由がないというべきである。

四なお、また、控訴人は、本件公文書の公開を認めると混乱と弊害が生じると主張するが、その理由が認められないことについては、当裁判所も原判決と理由を同じくするから、その理由説示(原判決一七枚目表二行目から六行目まで)を引用する。

五そうすると、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山下薫 裁判官並木茂 裁判官豊田建夫)

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